【今回の強化表現:ひたすら】
「ただそのことばかり、いちず」「すっかり、まったく」という意味ですね。では用例を見てみましょう。
宵から降り出した大雨は、夜一夜を降り通した。豪雨だ……そのすさまじき豪雨の音、そうしてあらゆる方面に落ち激(たぎ)つ水の音、ひたすら事(こと)なかれと祈る人の心を、有る限りの音声(おんせい)をもって脅(おびやか)すかのごとく、豪雨は夜を徹して鳴り通した。
(水害雑録 伊藤左千夫)
よく見ると、どの顔もどの顔もせっぱつまっている。男は正面を見たなり、女は傍目(わきめ)も触らず、ひたすらにわが志(こころざ)す方(かた)へと一直線に走るだけである。
(永日小品 夏目漱石)
しかし、そのうち雲竜相応じ、刀の手引きで諏訪(すわ)栄三郎に会うであろうと、左膳は一心にそれを念じていたのだったが、いまは斬らんがために斬り、ひたすら殺さんがために殺す左膳であった。
(丹下左膳 乾雲坤竜の巻 林不忘)
木崎の視線はひたすら、辻陽子というダンサーの姿態や顔の動きを追うていたのだ。憑かれた眼にはそれだけしか見えない。
(土曜夫人 織田作之助)
当時既にこの層の没落は、全農民階級中最も甚しく、私の家もまたその例にもれず只管(ひたすら)に没落への途を急いでいたのであった。
(簡略自伝 佐左木俊郎)
我はかくばかり善く釣り得るが、父上弟はと遥かに視るに、父上も弟も面に喜びの色あるやうなれば、おのれも心満ちたらひて一向(ひたすら)に釣り居けるが、
(鼠頭魚釣り 幸田露伴)
自分は新しきものに古い生命を見る。そしてたゞひたすらの生命の退き滞ることなき進行を肯定する。そこに生命としての人間のジユビレヱシヨンを感ずる。
(小川芋銭 山村暮鳥)
家を出かけて暫くすると、然し少女は私の睡っている窓の下へ音を殺した駈歩で戻ってきた。小声でさよならと言った。暫く佇んでいたが、一言の答えはなくとも、やがて元気よく駈け去った。私は尚も綿屑のように答えを忘れ睡ったふりをしていたのだ。子供の感傷に絡み合う自らの虚しい感傷が、なんとしてもひたすら面倒くさいものに思われていたから。
(おみな 坂口安吾)
もとは、笠井さんも、そのような調査の記録を、写実の数字を、極端に軽蔑して、花の名、鳥の名、樹木の名をさえ俗事と見なして、てんで無関心、うわのそらで、謂(い)わば、ひたすらにプラトニックであって、よろずに疎(うと)いおのれの姿をひそかに愛し、高尚なことではないかとさえ考え、甘い誇りにひたっていたものであるが、
(八十八夜 太宰治)
漢字は用例に出てきた「只管」「一向」のほか、広辞苑には「頓」という字も出ています。むずかしいですね。