【今回の強化表現:にじり~】
「押しつけてすり動かす」「膝を押しつけるようにして少しずつ動く」という意味の「にじる」に動詞や名詞がくっついて「にじり~」となる語を取りあげます。では用例を見てみましょう。
もんぺ姿の小枝が蚊帳からにじり出て来て、さもうるさそうに頭をふり、頸のまわりから防空頭巾の紐をといた。
(播州平野 宮本百合子)
雪を払ひてにじり入り、まづ慇懃(いんぎん)に前足をつかへ、「昨日よりの大雪に、外面(そとも)に出(いず)る事もならず、洞にのみ籠り給ひて、さぞかし徒然(つれづれ)におはしつらん」トいへば。
(こがね丸 巌谷小波)
「いえ、そうではございません。のたうつうちに、にじりすすんで方向が変りましたが、お苦しみのうちにも、もがき、もがきして、いつも碁盤の方を指さそうとなさるようでしたから」
(明治開化 安吾捕物 その七 石の下 坂口安吾)
すると蛇は、たちまちしつぽの方でからだをさゝへて立ち上り、によろ/\と上体をゆすぶりながら、タンブーリンの音(ね)に合はせて、にじり歩いてをどります。
(蛇つかひ 鈴木三重吉)
天王寺(てんのうじ)の別当(べっとう)、道命阿闍梨(どうみょうあざり)は、ひとりそっと床をぬけ出すと、経机(きょうづくえ)の前へにじりよって、その上に乗っている法華経(ほけきょう)八の巻(まき)を灯(あかり)の下に繰りひろげた。
(道祖問答 芥川龍之介)
まだ幼い小猫時代には、毛は雪のように純白で、黒毛の紋は美しかった。で、「紋」という名をつけたのだった。しかし大きくなって、雛を捕ったり、魚を盗んだりしだすと、床板の下をくぐって人目を避けたり、寒い時には焚いたあとの火の消えたばかりの竈の中へにじりこんで寝たりするので、毛は黒く汚れていた。
(「紋」 黒島伝治)
臙脂屋は聞けども聞かざるが如く、此勢に木沢は少しにじり退(すさ)りつつ、益々毅然(きぜん)として愈々(いよいよ)苦りきり、
「丹下氏、おしずかに物を仰せられい。」
(雪たたき 幸田露伴)
彼は起き上ると、八方に眼を配りながら、座敷の縁に忍びよった。そして縁板に足のよごれをにじりつけてから、足音を立てないように茶の間の方に行った。
(次郎物語 下村湖人)
なぜッて、宗山がその夜の中(うち)に、私に辱(はずかし)められたのを口惜(くや)しがって、傲慢(ごうまん)な奴だけに、ぴしりと、もろい折方、憤死してしまったんだ。七代まで流儀に祟(たた)る、と手探りでにじり書(がき)した遺書(かきおき)を残してな。
(歌行燈 泉鏡花)
揉(も)みくしゃにでもしてしまわなければ鬱憤(うっぷん)が晴れないように、ヒステリックに喰(く)ってかかられる場合には、その二つの腕を抑えて、じりじり壁に押しつけるくらいのことは仕方がなかったし、膝相撲(ひざずもう)でも取るように、組んず釈(ほぐ)れつして畳のうえをにじり這うこともやむをえなかった。
(仮装人物 徳田秋声)
女は、「へえ」と腰をこごめながら、それでやっと、「ほんならここからどうぞごめんやす」と沈み沈み言って、上り框に躙(にじ)り上がって、茶の間の板の間のところに小さくなって坐った。
(霜凍る宵 近松秋江)
「躙り出る」「躙り寄る」など、いくつかは項目として辞書に載っていますが、それ以外にもいろいろな使い方ができるものですね。