【今回の強化表現:せつせつ】
「思いが胸に迫るさま」「心がこもっているさま、ねんごろなさま」「音や声がしみじみと心を打つさま」を表す言葉です。では用例を見てみましょう。
かかる考えかたをするならば、いずれの芸術か、この切々たる存在への哀感なくして芸術そのものが成立しそうもない。どうして俳句だけにとどまりえようか。
(映画と季感 中井正一)
田舎の茶畠に、笠を被った田舎娘の白い顔や雨に濡れた茶の芽を貫目にかけて筵にあける男の顔や、火爐に凭りかかって、終日好い声で歌をうたう茶師のさまなどが切々に思い出されて来る。
(新茶のかおり 田山花袋)
義理人情の詩人としての大選手近松門左衛門の諸作が今も日本人の間で生きのこっているのは、そのような哀々切々たる祖先の涙が、今もなお人々の胸を刺すだけ、今日の人々の生活感情が不如意な浮世のしがらみの苦痛を知っているからである。
(「迷いの末は」――横光氏の「厨房日記」について―― 宮本百合子)
あれ以来というものは、快活を装う半面に於て、不思議な魅力を加えた彼の眼光と、切々と迫る物狂わしい彼の言葉とは、地獄を故郷に持っているらしい画伯の正体を見せつけられたような気がするのでした。
(赤耀館事件の真相 海野十三)
「これからは、キューネの手紙を見たほうがいいだろう。簡単だが、僕の話よりも切々と胸をうつよ」
(「太平洋漏水孔」漂流記 小栗虫太郎)
朝倉先生の言葉は、切々(せつせつ)として、はたで聞いている次郎の胸にも、深くしみていった。
(次郎物語 下村湖人)
嫉火(しっか)と情炎にもつれる栄三郎の舌、その切々たる声を耳にして、お艶は半ばうっとりとされるがままに畳に片面を当てて小突かれていたが……。
(丹下左膳 乾雲坤竜の巻 林不忘)
あの神に対する憧憬(しょうけい)を切々たる恋情中に含めている――まさに世界最大の恋愛文章だが、それには、愛する者の心を、虹になぞらえて詠っているのだ。
(黒死館殺人事件 小栗虫太郎)
連盟の危機(きき)をうれい、富士男を鼓舞(こぶ)するゴルドンの言々句々(げんげんくく)は、せつせつとして胸にせまる、富士男は感激(かんげき)にぬれた眼をあげた。
(少年連盟 佐藤紅緑)
これから人間をこしらえなければならぬ、その父となり、母となり、兄となり、姉となり、師となり、友となる一切の責任が、自分一つの身にかかっているということを、与八は常に、切々(せつせつ)と責められているのですが、今日この頃、この地へ落着いてみると、その責任が全く確実性を帯びて来ました。
(大菩薩峠 山科の巻 中里介山)
彼国へ帰ってからも切々な思いは、あの英雄に断腸の文をしたためさせた。あの戦争が起ってからも、あわれな提督はおしかさんを忘れはしなかった。
(大橋須磨子 長谷川時雨)
漢字では「切々」と書きますが、この「切」に「差し迫ること」「ひたすら、ねんごろ」などの意味があるのですね。