【今回の強化表現:やたら】
「むやみ、みだり」「秩序や節度のないさま」という意味です。では用例を見てみましょう。
そう思って、ほんの少しのつもりで手を出したのが始まりで、だんだん大胆(だいたん)になってきて、ごちそうをやたらに食い、酒をやたらに飲みましたので、腹はいっぱいになり酒の酔いは廻って、いい心持ちにうとうと居眠(いねむ)ってしまいました。
(ひでり狐 豊島与志雄)
日本の探偵作家(外国の作家も)たちはやたらと作中に刑事をボンクラに仕立てゝ名探偵を登場させるが、帝銀事件の如く、実際の犯罪は、偶然に行われるから、却々(なかなか)犯人がつかまらないのは当然で、これは刑事の頭が悪いのでもなく、近代捜査法を知らないのでもなく、偶然だから、つかまらないのだ。
(「刺青殺人事件」を評す 坂口安吾)
人が読むから、私も読もうという虚栄みたいなもので読んでいるのです。物知り振っている人を、矢鱈(やたら)に尊敬いたします。つまらぬ理窟(りくつ)を買いかぶります。
(恥 太宰治)
この時分、町を歩いて見てやたらに眼に付いて、商売家になければならぬように思われたのは、三泣車(さんなきぐるま)というのです。
(江戸か東京か 淡島寒月)
父親もさすがに、この感心な息子には逆らふ事が出來ないので、腹癒せにやたら母親を罵り散しながら往生するのであつた。
(醉ひたる商人 水野仙子)
へんに尊大ぶり、芸術家ぶつた演奏者。開演中の息づまるやうな空気! とても不愉快だ。そして解りもしないくせに――否解らない故に――やたらむやみに喝采する。
(ラヂオ漫談 萩原朔太郎)
すると、背後から大声でもって、警告してやりたい程、矢鱈無性(やたらむしょう)に不安に襲われた。この嘔気(はきけ)のようにつきあげてくる不安は、あながち酩酊(めいてい)のせいばかりでは無いことはよく判っていた。
(西湖の屍人 海野十三)
なんだか知れないけれどもぼくはおばあさまの様子(ようす)がこっけいにも見え、おそろしくも見えて、思わずその方に駆(か)けよった。そうしたらおばあさまはだまったままでうるさそうにぼくをはらいのけておいてその布のようなものをめったやたらにふり回した。
(火事とポチ 有島武郎)
「矢鱈」は当て字です。語源は、宮中で行われる雅楽との説があるようです。「やたら拍子(夜多羅拍子、八多良拍子)」という二拍、三拍、二拍、三拍と続く変形の拍子があり、なかなかうまくいかずテンポが乱れることが多かったことから、めちゃくちゃになることを「やたら」というようになったということです。