【今回の強化表現:ひとかど】
名詞で「ある一つのことがら」「ひときわ優れていること、並み以上であること」「一人前であること」、副詞で「人並みに、いっぱしに」という意味です。では用例を見てみましょう。
第一貴処(あなた)、困る事には此役に立たない商業学校の卒業生が学校を出れば一廉(ひとかど)な商業家になつた気でゐる、高等商業学校を初めとして全国に商業学校が各府県に一つ宛(づゝ)ある、毎年卒業生が千人も出るでせう。
(青年実業家 内田魯庵)
自分の子供を小学校へ入れてやると、いつのまにか文字を覚える算術を覚える、六年ぐらいはまたたくまにたって、子供はいつのまにかひとかど小さい学者になっている、実にありがたいものだと思わないではいられない。
(丸善と三越 寺田寅彦)
プロ文士と云ったって、所謂社会主義だって国家主義から共産主義までの間に種々雑多な日和見主義、民主主義がはさまって、何れも顔付だけは一廉(ひとかど)何か民衆解放に貢献するみたいに声明してはストライキを売ったりしてるのと同様だ。
(ニッポン三週間 宮本百合子)
東京化学製造所は盛(さかん)に新聞で攻撃せられながら、兎(と)に角(かく)一廉(ひとかど)の大工場になった。
(里芋の芽と不動の目 森鴎外)
電車の中なぞでよく見受けるが、分別盛り以上の年輩で一廉(ひとかど)の服装をして髯(ひげ)なぞを生やしている人が、夢を見るような眼付で天の一方を睨みつつ、お経の化け物見たいな声を高く低く出しながら、手や足を痙攣(けいれん)的に動かして拍子を取っている御仁がある。
(謡曲黒白談 夢野久作)
不肖(ふしょう)じゃございますが、この近江屋平吉(おうみやへいきち)も、小間物屋こそいたしておりますが、読本(よみほん)にかけちゃひとかど通(つう)のつもりでございます。
(戯作三昧 芥川龍之介)
朝より暮まで為す事一々大事業と心得るは、即一廉(ひとかど)の人物といふものと存候。
(鴎外の思い出 小金井喜美子)
まず第一、お前の体格なら、誰が見ても一廉(ひとかど)の武芸者と受取る。そこで、武芸者らしい服装をして、しかるべき剣術の道具を担って、道場の玄関に立ってみろ、誰だって脅(おどか)されらあ。
(大菩薩峠 流転の巻 中里介山)
ほんとにねえ、年と云うものは恐ろしいものですよ。去年来ました時には前の川で魚を取る事許りに根(こん)をつくして居ましたっけが、此頃は一角大人なみに用を足してもくれましてね。
(お久美さんと其の周囲 宮本百合子)
漢字では「一角」「一廉」と書き、「いっかど」ともいうようです。