【今回の強化表現:おくゆかしい】
「上品で慎み深く心がひかれる、奥深くて慕わしい」「心がひかれて、見たい、聞きたい、知りたいと思う」という意味です。では用例を見てみましょう。
愛子は小学校にも行かぬせいかして少しも人ずれのしない、何とも言えぬ奥ゆかしさのあるかあいい少女(おとめ)、
(初恋 国木田独歩)
われかつて徒然草(つれ/″\ぐさ)を読みける時、撰みて持つべき友の中に病ひある人を数へたり。いかにも奥ゆかしき悟りきつたる言葉と思ひて友にも語りける事ありけり。
(漫言一則 北村透谷)
講談本なぞでも、馬庭念流は他流にとって謎の剣法だ。名利をもとめないということは俗物にとっては奥ゆかしさよりも薄気味わるさが感じられるもので、またそれは実力がないせいだろうととかく俗物はそんな風に解釈したがるものだ。
(馬庭念流のこと 坂口安吾)
これが日蓮の覚悟であった。やはり彼は東洋の血と精神に育った予言者であったのだ。大衆に失望して山に帰る聖賢の清く、淋しき諦観が彼にもあったのだ。絶叫し、論争し、折伏する闘いの人日蓮をみて、彼を奥ゆかしき、寂しさと諦めとを知らぬ粗剛の性格と思うならあやまりである。
(学生と先哲――予言僧日蓮―― 倉田百三)
見あげると、その崖のうえには、やしろでもあるのか、私の背丈くらいの小さい鳥居が立っていて、常磐木(ときわぎ)が、こんもりと繁り、その奥ゆかしさが私をまねいて、私は、すすきや野いばらを掻(か)きわけ、
(狂言の神 太宰治)
長上をうやまえといえば、無条件にうやまうのが人間の奥ゆかしさだ。理窟も、学問も、いった事じゃない。
(大菩薩峠 みちりやの巻 中里介山)
江戸の遊女や芸者が「婀娜(あだ)」といって貴(たっと)んだのも薄化粧のことである。「あらひ粉にて磨きあげたる貌(かお)へ、仙女香をすりこみし薄化粧は、ことさらに奥ゆかし」と春水もいっている。
(「いき」の構造 九鬼周造)
漢字では「奥床しい」と書きます。「心がひかれて、見たい、聞きたい、知りたいと思う」という意味があるのを恥ずかしながら知らなかったのですが、用例も見つけることはできませんでした。