【今回の強化表現:いとま】
「用事のないとき、時間の余裕、ひま」「休むこと、休暇」「職務をやめること、やめさせること」「別れて去ること」「すきま、ひま」「離婚、離縁」「喪に服してひきこもること」という意味です。では用例を見てみましょう。
どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑(いとま)はない。
(羅生門 芥川龍之介)
僧はしずかに鉢に残った水を床に傾けた。そして「そんならこれでお暇(いとま)をいたします」と言うや否や、くるりと閭に背中を向けて、戸口の方へ歩き出した。
(寒山拾得 森鴎外)
たまにはそこまで立ち入って考えうるだけの能力をもった人があっても、直接なんら利害の関係のない象のためにそれを考えてやるだけの暇(いとま)をもたないのが通例であろう。
(解かれた象 寺田寅彦)
月見なり、花見なり、音楽舞踏なり、そのほか総て世の中の妨げとならざる娯(たの)しみ事は、いずれも皆心身の活力を引立つるために甚だ緊要のものなれば、仕事の暇(いとま)あらば折を以て求むべきことなり。
(家庭習慣の教えを論ず 福沢諭吉)
私の孫が幾つぐらゐのとき、私はこの世から暇乞(いとまご)ひせなければならないだらうか。
(孫 斎藤茂吉)
楽壇における事情は私は実は余り通じてはをりませぬけれども、自分が携つてゐる部門について考へてみましても、その例は枚挙にいとまないほどであると思ひます。
(芸術家の協力――楽壇新体制に備へて―― 岸田國士)
勿論、暇(いとま)をくれるという話さえ決れば、代りの奉公人の来るまでは勤めてもいいとのことであったが、私たちはいつまでも彼女を引止めておくに忍びなかった。
(二階から 岡本綺堂)
昔名与力と謳われた二人がいかに年を取ったとは云え、刀を抜き合わせる暇(いとま)もなくむざむざ削竹に咽喉を貫ぬかれ、惨殺されたということは、一面から云えば不覚ではあったが、
(赤格子九郎右衛門の娘 国枝史郎)
然し自分が汽船の上から観て過ぎた日本の風景は、何等の智的判断を許す暇(いとま)もないほどに唯々美しいと感じ得るのであつた。
(海洋の旅 永井荷風)
人生何すれぞ常に忙促たる、半生の過夢算(かぞ)ふるに遑(いとま)なし。
(三日幻境 北村透谷)
私も遑(いとま)さえあったら、その見聞した明治女風俗を、何かの折々には描いて置きたいと思っております。
(女の話・花の話 上村松園)
ウィリアムが吾に醒(さ)めた時の心が水の如く涼しかっただけ、今思い起すかれこれも送迎に遑(いとま)なきまで、糸と乱れてその頭を悩ましている。
(幻影の盾 夏目漱石)
漢字では「暇」「遑」と書きます。成句として「暇を乞う」「暇を取る」「暇をやる」などがあります。
『訳者をめざす日英両語ボキャビル』は、今回で終了とさせていただきます。はじめはメールマガジン、そしてブログへと、発信という形をとりながらも、自分なりに学ぶことも多かったです。細く長く続けてまいりましたが、今まで読んでくださってありがとうございました。